2018年5月25日金曜日

2018.05.25 越沢・広沢

日程:525
天気:晴れ
メンバー:岸本L、三浦
記録:岸本
行動
鳩ノ巣駅~入渓点~越沢バットレス上部~鳩ノ巣駅




今山行は岸本がアブミの練習を行うためにたてられた。


入渓点はアルペンルートへの粗橋を渡り、2分ほど進んだところ。岩の裏に回り込むとF1がある。先日の雨で全体的に水が多い。
広沢入渓地点



F2で試しにアブミを使う。ここは足を入れるまでもなくアブミを掴む程度。途中のハーケンは先端1/3ほどしか入っておらず、念のため滝の中のクラックにカムを入れてランナーセットした。

F3はかなり低い滝(3m)、ほとんどフリーで滝の右から越える

F4(仙人の滝、6m)からは、がっつりとアブミを使用する。右岸にあるボルトにアブミをかけながらへつった後、水流に沿って上がる。上部にホールドが少なくリングボルト間の距離が遠いので最後の抜け口は最上段に乗り込む必要がある。
F4 仙人の滝

F5(羽衣の滝、10m)はスッとしたきれいなスラブ状。水流右のボルトにアブミをかけ換えながら登る。3番目のボルトがかなりボロボロで慎重に体重をかける。上部右にかなり立派な立木があり、それを頼りに抜けていく。

沢はこれで終わりといった様相になっていくが、奥にもう一つF6(行者の滝、15m)がある。下部は垂壁、上部はスラブとなっている。ボルトの間隔はかなり絶妙な位置にあり、一筋縄ではいかない。上部スラブに入ると支点はハーケンメインで、信用できないもの多数、不安な場合は新しく打つ必要がある。ホールドも少なく体上げにフックを使ってみたりも。練習にはもってこいの滝
F6 行者の滝

人が入らないからか、どのリングボルトもロシアンルーレットの感があった。
さらに言うとリングボルトのうちいくつかは、軽くさび付いて壁からなかなか離れないためカラビナを通すのに苦労するものもある。
またビレイ支点は全て立木を使用使用した。苔むしたお助け紐も多くあったが、どれも簡単にちぎれそうだった。

その後は越沢バットレスを懸垂下降して鳩ノ巣駅へ。駅の近くで釜飯食べれます。
1500円

沢登りとも呼べない山行になるかと思いきや増水のおかげでシャワーを思いっきり楽しめた。今季の沢始めとしても申し分ない充実の一本。
ただやはり奥多摩なので釜の水は栄養満点だ。飲み水は事前に用意していくべきだろう。

2018年5月22日火曜日

2018.05.20 水無川セドの沢右俣

水無川セドの沢右俣

日程:520
天気:晴れ
メンバー:阪本L、畑中
記録:畑中

行動
大倉0800=戸沢出合(入渓)0930=F6大滝1140=書策小屋跡地(終了点)1300=下山開始1330=大倉1515

大学では五月祭で盛り上がっている中、我々は沢登りへ向かった。計画当初は和名倉沢へ土日で行く予定であったが、阪本が土曜に用事があることが判明し日曜日帰りでこの沢となった。朝に渋沢駅に集合。おそらく塔ノ岳に向かうであろう登山者で溢れかえっている。バスを一本見送らざるを得ないほどであった。満員のバスに揺られながら大倉へ到着。阪本が用を足しに行くが、ここも混んでいて中々帰ってこない。しばし待ったのち出発。入渓点である戸沢出合までは約1時間半の歩き。舗装された道、舗装されていない道が延々続く。まあ体感ではそこまで長くは感じなかった。戸沢出合に着くと、橋が架かっていたのでその脇から入渓した。畑中は今年度初の沢登りだ。心踊る。しかしこの日は気温19度で少し寒そう…。少しだけ遡行すると初めは堰堤がいくつか出てくる。これらは全て右岸から超える。道もできていた。全ての堰堤をこえて、また少し進むと、水無川本谷F1が出てくる。

水無川本谷 F1
これは右岸の端に鎖場があるが、我々はそれを無視してた出来るだけ右岸側の滝に近い壁を登った。ちょっとしたシャワークライミングだ。階段状で簡単なので、中間支点は取らずに登り、落ち口の残置ハーケンで支点をとった。今回全ての滝の登攀は畑中がリードした。本谷F1を登るとすぐ本谷とセドの沢の分岐である。セドの沢に入流と、すぐに今度はセドの沢F1,2が現れる(以後F○は全てセドの沢の滝である)。傾斜もなく簡単なのでノーザイルでサクサク超えて行く。F2を超えると右俣、左俣の分岐が現れる。右俣に進み、その後も問題なく進んで行くとF3が現れる。

セドの沢 F3
最初の一段をノーザイルで超えて、二段目はザイルを出した。右岸側を登るが、ホールドもスタンスもある程度あるので怖くはない。途中に残置ハーケンもあったが今回は練習も兼ねて新しくハーケンを打ってみる。かなり効いているハーケンを打つことができた。登り切ると、少し進んだとこに残置ハーケンがあるのでそこを支点としてフォローをビレイする。F3の後はF4が連続で現れる。これは左岸側を登るが、ここもホールドが適度にあり決して難しくは無い。ただ中間支点の構築は難しかった。ハーケンを打とうとするも効かず、カムは持ってきたサイズが小さすぎて(キャメロット#0.3#0.4)きまらない。結局中間支点無しで登ってしまった。下山後に他の方の記録をネットで調べてみると、滝の上部にかかっている倒木で中間支店が取れるようだ。ビレイ支点は落ち口そばの壁でカムを使って構築した。F3が終わると、またしばらく普通の遡行が続く。日陰が続いていて少し寒くなってくる。阪本はレインウェアを着ているというのに、畑中は依然としてシャツ一枚である。そりゃ寒いわ。早くウェアが乾くことを願いながら歩いていると、暖かそうな陽の光が見えた!そこには日光に照らされて輝く美しいF5の姿があった。

セドの沢 F5

そんなF5は登るのは簡単で、左岸のスラブっぽいところをノーザイルで登る。登り切った後も進んで、水の枯れた名も無い沢(谷?)との出合に着くのでここでやっと休憩を挟む。休憩終了後、またしばらく普通の歩きである。トポをそこまで詳しく把握しておらず、F5がなぜか大きく見えたのもあって「さっきのF5が実は核心の大滝だったのでは?いやでも大滝はⅣ級らしいしあんな簡単なわけないよな…。大滝この先にあってくれ〜」などど意味のないことを考えながら歩く。そんな僕の小さな不安もすぐかき消されることとなる。大きな滝が現れたのだ。完全に事前に見たトポで知っていた大滝である。畑中は心の中で小さく安堵。

セドの沢 F6 大滝

滝は二段になっていて一段目をノーザイルで登り、二段目からザイルを出す。一段目を登る際、右岸側を登るが、ホールドとしていた岩が剥がれて50cmほど落下。ひえー怖い。もう一度登り、テラスへ。ここからは再び右岸側の乾いた岩壁を登る。中間支点は残置ハーケンが多く打たれているので困らない。ルートは右岸側に徐々にそれて行くが、滝の水流に沿って直登する方向にも新しそうなリングボルトが打たれていた。少し難易度が高そうなのでそちらには行かずに右にそれるルートを登る。ビレイ支点は残置ハーケンでとる。そこからは右上に伸びる巻道をたどる。再び沢に戻ることも可能であったが、沢のハイライトは終了したので、沢には合流せずそのまま巻道から尾根を登って行く。滑りやすい泥っぽい道を進んで行くと、しばらくして書策新道に出る。そこから書策新道を辿り、書策小屋跡地に到着。

書策小屋跡地
ここが終了点である。靴の履きかえ、休憩をして下山。下山は政次郎尾根経由で大倉に下った。バスで渋沢まで戻り、帰路についた。

2018年4月27日金曜日

2018.04.27-30 北アルプス・スキーオートルート

メンバー:4年池田(L)2年縄(記録)
日程:2018427()430()
天候:4/27 晴れ時々霧 4/28 快晴 4/29 快晴 4/30 晴れ後曇り
コースタイム:
4/26() 22:50夜行バス新宿発
4/27() 富山8:30室堂着、9:30室堂発〜15:00五色ヶ原山荘〜17:00越中沢岳頂上手前で幕営、立山にて乗り換え後、
4/28() 6:20撤収、出発〜6:40越中沢岳〜10:30スゴ乗越小屋〜15:30薬師岳〜16:50太郎平小屋〜18:40北ノ俣岳頂上付近で幕営
4/29() 6:40撤収、出発〜8:40黒部五郎岳〜9:30黒部五郎小屋〜13:30双六小屋〜17:10西鎌尾根、左俣乗越付近で幕営
4/30() 6:20撤収、出発〜9:30槍ヶ岳山荘、穂先往復〜11:20大喰岳より槍沢を滑降〜12:30槍沢ロッジ〜16:30上高地=19:00松本=22:30頃帰京

 昨年の双六小屋をベースキャンプとしたスキー山行もオートルートの下見であったと考えると、オートルートは長期的な目標であった。
 4/26から幅広く1週間ほどとって天候の良いタイミングで出かけることに。4/26は予報では雨が残りそうだったがその後はしばらく天候が良さそうということで連休1日前の27からの出発に決定した。シュラフは夏用、食事は朝フランスパン、夜アルファ米、コッヘルは最小限、スキーの袋をナイロン袋、など軽量化に力を入れ、テント縦走ながらも行動中のザックの重さを20kg程度に抑えた。

4/26
 夜行バスは22:50新宿発。乗り心地も悪くなかった。

4/27
一の越より御山谷方面
  連休直前ということもあってか道が混んでいたようで20分ほど遅れたが、走ってなんとか6:04電鉄富山発立山行きに乗り込む。朝から観光客がたくさん載っていた。北方稜線から劔、立山、薬師と良く見える。3月に上級生が登った早月はもう黒い。ダッシュでなんとか間に合うか不安だった立山駅からのケーブルカーは臨時が出ていたので、これで室堂8:30到着は確実になり、一安心。徐々に積雪は増していくがやはり例年よりは少なそうだ。雪の大谷の深さ17mって本当なのか、とか思っていたらそこに着くと実際それくらいある。ちょうど吹き溜まりの場所のようだ。室堂に着いて登山届を出してもらい、建物の中で出発の準備。9:30頃に一ノ越に向けて出発した。ツボ足の人たちも含めて一ノ越には大勢の人が目指していた。50分ほどで順調に一ノ越乗越に着くと、遥か彼方に槍の穂先が見えた。あそこまでいくのかあ、胸を高鳴らせながら御山谷への滑走準備。一ノ越まであんなにいた人もこちらへ向かう人は自分たちだけである。やや堅かったものの楽しみながら鬼岳手前まで滑る。ここから鬼岳への登りも斜度が緩くそれなりに快適そうだ。充電いっぱいの体でサクサク登り鬼岳のコルへ。トレースもあってそれほど問題もなく頂上へ行くことができた。獅子岳へのコルまで一旦滑り込み、獅子岳への登りは念のためアイゼンをつけて担いで登った。この判断がよく、急登もなんとか超える。獅子岳の頂上からは、その後もいくつかピークを越える必要があって担いだままだったが快適な尾根歩きがしばらく続く。眼下には黒部湖も見えた。初日のポイントだったザラ峠の下りは、かなりいい具合に緩んでいて、40度の斜度を感じずにターンしながら快適に滑ることができた。それほど意識していなかったのだが五色ヶ原までは意外にも200mほど登る。シールで登っていくと、右側から急に霧が出てきた。ザラ峠の写真を逃したななどと呑気なことを思っていたが五色ヶ原でこれでは深刻である。GPSを参考に進むが、この文明の利器がなかったらどんなに不安が増していただろうと思うと、ゾッとしてしまう。15時に赤い屋根の五色ヶ原山荘へ。霧が薄くなるタイミングで鳶山に向けて出発した。鳶山の頂上からの下りは調べた通り急斜面のトラバースなのだが、やはり霧のせいでどうも先の様子がわかりにくく、一部40度超えの下りも強いられた。結局この日一番のポイントはこの鳶山の下りだっただろう。ここでやや時間を消費したこともあって幕営は越中沢岳中腹の傾斜の緩い所に決定した。17時に幕営。ツボ足の単独者がこの後通り過ぎていった。19時頃まで明るく、この時間まで行動してもよかったかも、などと池田さんと話す。テント場自体は悪くない場所を選んだがこの日は確か-5℃とかの冷え込みで、やはり夏シュラフの限界を感じずにはいられない厳しい夜だった。


4/28

 震えながらコンロの火をつけてフランスパンを食べる。あまり急いでもカチカチの中越中沢岳の下りをアイゼンで歩くことになるので、多少余裕をもたせながら出発。頂上までは20分で着いた。多少シールのままで下った後担ぐ。尾根伝いに行ければ良いのだがもちろんそういうわけにはいかない。ところどころトレースを参考にしながら急斜面をトラバースする。しばらく行くと夏道が出ていた。スキー靴とアイゼンで急な夏道を我慢しながら下るが意外に長い。スゴ乗越までもう一つトラバース気味にピークを越え、大休憩。ここから薬師岳まで長い長い登りだ。10:30に小屋に着き氷をナルゲンに補充。シールがややへたったのでテーピングで補強した。間山まで日差しに刺されながら一気に登る。なんとも適当な名前だがそれは綺麗な白い山で個人的にはハクノリが思い起こされた。久しぶりに槍が見えたがなんだまだまだ全然遠い。アミノ酸で薬師岳への登りへ気合を入れ直す。この間山からすぐの雪庇は立派だった。
槍はまだ遠い

北薬師への登り
大きく安全マージンを取って進み、その後緩やかな長い登り。北薬師岳の偽ピーク(のようなもの)を超えた後再び巨大な雪庇を避けるため担ぎながら登る。これほどのものを作ってしまうのだ、厳冬期の吹雪の凄まじさは想像に難くない(多分その想像を超えているのだろうが)。頂上直下もまた担ぐ。一気にエネルギーの消費速度が加速しているのを全身で感じる。ただ、北薬師の頂上から薬師岳を見ると、下調べに反して意外にほとんどスキーで登れそうだ。というか薬師岳の北東のカールがかっこいい。何度か担いだ以外はスキーで大体たどれたがたっぷり1時間かかった。さすがの体力ルートを実感する。避難小屋付近まで一部担ぎながら移動。薬師岳からの標高差700mの滑りは特に最初の方は滑り心地も良かった。あんなに苦労した登りもスキーにおいては、下りは一瞬である。これよりなだらかな山容となるのでハーネスも脱いだ。GW営業の賑やかそうな太郎平小屋を傍目にシールで颯爽と過ぎ去り、優越感に浸る。太郎山を下ったコルに張っても良かったのだが、我々はさらなる高みを目指してまだ進んだ。
北ノ俣岳頂上付近
緩やかな斜面は、それもそれで靴擦れを加速させたが、既に我々を下方から優しく照らすようになった淡い光に励まされつつ、慣性でももの上下運動を続けた。300m登って北ノ俣岳頂上付近の土の上で幕営。冷え込みは弱く12時間半行動の体をゆっくり癒した。



4/29
黒部五郎岳
ツボ足パーティーの横を、スキーの機動力を見せつけながら中俣乗越までトラバース。黒部五郎岳手前の登りはだんだんと傾斜が急になっていくが途中でスキーアイゼンを付ければなんとかなった。ここまでくれば双六小屋まで昨年に経験済みである。昨年バテバテで視界に入った記憶すらない笠に、今年は大いに魅力を感じた。
やや緊張したものの東斜面の雪の緩みに助けられ、今年もカールからの滑りを堪能した。小屋で大休止した後、黒部五郎岳を高さで僅かに凌ぐ三俣蓮華岳まで、今度は500mの登りとなる。木々を抜けながら同じ傾きで登るのにやや梃子摺った。昨年発達していた雪庇に比べると今年のものは小さく、1回担いだ他はシールで登ることができ、三俣蓮華岳に。
三俣蓮華岳より

槍はもうだいぶ近づいてきた。ついに見えた核心の西鎌尾根は、岩と雪が交じって簡単ではないことが推察された。丸山を下った後の部分は雪が崩壊しかかっていて急いで渡る。一旦担いで双六岳をトラバースした後小屋まで100mほど滑降。3日目はここで泊まる予定だったがそれだと4日目じゅうに帰京できなさそうなので西鎌尾根を行けるところまで進む。樅沢岳への登りは完全に夏道が出ていた。意外にスキー靴の底はフリクションが効いて歩きやすい。樅沢岳を下ったコルには左の沢からトレースがついており、樅沢岳の頂上を踏まずとも樅沢から登ることも可能なようだ。しばらくアイゼンで進んだが硫黄乗越手前から比較的尾根が広く、使わないと思っていた板を出動させることに。アップダウンはあるのでシールの使いどころが試される。途中で双六から槍を単独でピストンしたという登山者に会う。千丈沢乗越から先も技術的困難はなかったという朗報を聞くことができた。数十分進むとしばらく夏道が続いた。テント適地がなければ手前まで引き返すことも覚悟したが、左俣乗越の看板付近には我々のために用意されたかのような雪のない平坦なスペースがあった。穂先の方向に入り口を設定して、最後の夜を迎えた。明日の午後から段々と天候が崩れるらしく、タイミングは大正解だったようだ。

テントからの眺め


4/30
槍までのルンゼを登る池田さん
天気は良いものの夜明け前から風が強かった。板をザックに括りつけて出発だが、序盤は夏道がほとんど出ており、アイゼンなしで歩き始めた。数十分ほどでアイゼンを履き、夏道と雪上を交互に進んでいく。1時間半ほどで千丈沢乗越。やはりコルに来ると風は強く、風下で最後の登りに向けて十分にエネルギーを補給した。飛騨沢を右に見て頂上直下のルンゼを詰める。もちろん落ちたら止まらないだろうが斜度はそれほどでもなく、雪もある程度緩んでいることからロープを出さずに慎重に進んでいった。千丈沢乗越から1時間半後ついに肩の小屋に到着。後は穂先を登って槍沢を滑降して、4時間歩くだけだ。…結構あるのでまだ達成という感じはなくまず穂先へ。大勢がとりついている割にアイゼンでの登り下りが個人的には思ったより怖く消耗した。冬季登攀、この冬にはしっかり経験したい。穂先から下ってきて池田さんの提案で大喰岳に登ってそこから槍沢を滑ることになった。槍ヶ岳直下のように岩が出ておらず真っ白で快適そうである。まさかこの荷物でまだ登るとは、と思ってしまったが根性を見せるべく30分ほど登ってなんとか頂上へ辿り着いた。槍を左正面に見ながら絶好のザラメ雪を滑っていく。あっという間に槍沢に合流し、しばらくシュプールを描くことができた。ババ平のあたりからはいかに滑りで繋げられるかのクロスカントリーステージに入る。槍沢ロッジのあたりまでごまかしながら進めたがついに限界に達し、これより距離的な核心に入る。1時間スキー靴で歩いた後横尾でランニングシューズに履き替えて残り11キロ歩く。徳沢ではソフトクリームに励まされながらなんとか1630分ごろ観光客溢れる上高地へ。ついに4日間計40時間以上の行動の末スキーで室堂から上高地までつないだ。長野で夕飯を済ませてあずさ最終便で無事その日じゅうに帰京した。


2018年4月20日金曜日

2018.04.20-21 火打山バックカントリースキー

メンバー:4年池田(L)、岸本、2年縄(記録)

日程:2018420()21()
天候:両日共晴れ
コースタイム:4/20 9:00妙高高原駅=10:30笹ヶ峰〜富士見平から黒沢岳を経由〜15:30高野池ヒュッテ〜18:00頃まで周辺でスキー
4/21 6:50出発〜8:30火打山山頂〜南面を滑降〜10:00黒沢岳北方の東面を滑降〜12:00テント撤収後出発〜15:00笹ヶ峰=16:20妙高高原駅


 自身は今シーズン初のバックカントリースキーで、頚城山域は池田さんと昨年3月末に笹倉温泉側から高松山に入って以来。今回は妙高方面から火打、焼山北面台地を通って笹倉温泉に抜ける計画で臨んだ。雪が少なく大変かもしれないが天候は良さそうだ。


4/20
 特急料金でもそれほど大きく変わらないことから朝から贅沢にも新幹線を使って長野駅へ。そこから第3セクターしなの鉄道で妙高高原に至る。平日なのもあってか通勤・通学客がたくさんいてやや混み合っていた。妙高高原駅からは予約済みのタクシーで林道を行けるところまで走ってもらう。やや車酔いしながらも運良く笹ヶ峰の登山口まで送ってもらうことができた。日差しも強く暑そうなので薄い長袖でスタート。黒沢橋までは傾斜はほとんどなく散歩のスキーバージョンといった感じでウォーミングアップにちょうど良い。新しいスキー靴も特に痛みはなくGPSを時々参考にしながら順調に進む。雪の残っていない黒沢橋を一旦スキー板を外して渡る。今回は沢が出ているため夏道と同じ道をたどり、傾斜の強いところを登ることになる。スキー板を担いでいきなり高度を稼ごうとしたが、左のトラバースが足りなかったようで序盤にやや藪に苦労する。夏道に復帰後は順調に尾根に突き上げた。格好良く大きい山が見えたので確かめてみると戸隠山である。再び担ぎ夏道、やや急なトラバースのあと急登。
富士見平手前より。焼山、影火打、火打。


奥に後立山
ようやく傾斜が緩くなりいざシールの出番。スキーでさくさく進み、どうしてここをスキー以外で登ることがあろうか、というくらい気持ち良く登る。だがどうやら岸本さんの様子がおかしい。歩みが遅くかなり苦しそうである。実は山行前同じ部員のうちの一人がインフルエンザにかかったことがわかり、岸本さんは飯屋で同じ皿をつついていたこともあってかなり心配していた。まさか本当にインフルがうつったのだろうか。さすがに水分不足とかではないかなどの会話を交わしつつ休憩後、ゆっくり進む。天気は快晴で、頚城山域の山々はもちろん、後立山連峰まで見える。絶景を写真に収めながら富士見平まで来ると高野池ヒュッテが見えた。ここからトラバースしても良いのだが黒沢山まで登れば高野池ヒュッテまで今日初めて滑り込める。時間に余裕はあるので登ることになった。頂上まで登り、北東面も滑り心地が良さそうだ、などと池田さんと話す。高野池ヒュッテへの滑り込みは、自身はバックカントリー自体が今シーズン初めてだったこともあって何回か転んでしまったが久しぶりに滑る感覚を楽しんだ。高野池ヒュッテに着くと小屋の方たちが次の日からの営業に向けて作業されていた。岸本さんは依然状態が悪いとのことで、小屋の人に伺ったところ、営業前にもかかわらずありがたいことに泊めてもらえることになった。池田さんと私はテントを建てた後近くのサクラ沢を標高差200300mほど滑って遊んだ。コンロの調子が悪く就寝時間は遅くなってしまったが、軽量化のために採用した夏用シュラフでもそれほど問題なく眠ることができた。岸本さんの体調は改善が見込めなさそうだったので、笹倉温泉に抜けずに降りるのが濃厚になった。
ここで病気を確信したという岸本さん。黒沢岳頂上。

4/21

 朝はフランスパンにスープを浸して食べた。時間・手間・重さ・味全てにおいてかなり良いことがわかった。ここから笹ヶ峰方面に来た道を降りるだけといっても岸本さんにとっては辛いだろう。まだ寝足りない様子もあって、岸本さんをテントに残し、池田さんと火打だけでも滑りに行くことになった。途中オートルートを想定して長めのトラバースルートをとる。どうやら前から、そして未だにトラバースがきつい原因の一つに足首の柔らかさが問題なのではないかと池田さんに指摘され、せめてオートルートまではストレッチをすることにした。滑るコースを考えながら火打山頂まで順調に進み、頂上まで担ぐことなくシールで上がることができた。昨年以来の焼山北面台地や高松山、糸魚川市街が見え、その懐かしさと変わらぬ壮大な景色に息を飲む。影火打からの滑り込み口もはっきりしており、次訪れた時のルートを思い描く。火打山からは、登り返しもそれほどきつくならないように、綺麗な北東面を滑ることにした。30度近くはあるだろうが絶好のザラメ雪となっており怖さもない。ビデオを撮りあい、惜しみながら大切に滑る。下から見ると2つだけのシュプールが火打の雪面にしっかりと存在感を示していた。このようなことも今日から高野池ヒュッテが営業とあってはそう簡単ではないだろう。


火打山頂への登り。角度がわかりやすいですね。
右側にシュプールがあるんですがスマホだと限界のようです。
その後は昨日検討した黒沢岳東面も気持ち良く滑り、暑さに喘ぎながらもテント場に到着した。岸本さんもなんとか下れそうとのことで、撤収後12時に出発。火打へ向かう人たちと大勢すれ違う。夏道の出ているところでスキー板を外したほかはそのまま下ることができた。相変わらず膝などをうまく使えていないせいかすぐに足が疲れてしまい、足のガクガクは止まらなかったが。黒沢橋でタクシーに電話をかけると道路規制で笹ヶ峰までは厳しいということだったので笹ヶ峰よりさらに降りなければならないことに。なるべくトラバース気味に行き、道路に突き当たったところで私は道路脇をシールで、岸本さん池田さんは担いで下って行くことになった。シールの方がよっぽど楽かと思っていたがそういうわけにもいかない。ほとんど平坦面だとやはり足は軽いほうが良いのだろうか。指定場所まで思ったより遠く、時間に間に合わなさそうだったが、タクシーが機転を利かして奥まで来てもらったため無事に下山した。天候も良く、壮大な山域を楽しむことができた。笹倉温泉まで抜けることはできなかったもののまたここに来る理由ができたとも言える。GWの山行に向けても軽量化・新しい装備の確認・体力の確認等が出来、有意義であったと言えるだろう。ちなみに岸本さんは病院に行ったがインフルエンザは陰性だったということだ。たまたま検出されなかっただけなのか、それとも病は気からということなのか。感染の可能性が高い時には行かないという判断も賢明かもしれない。
火打山頂から妙高方面